「会員からの府中支部紹介コーナー」
S. 岸さん(京王線沿線在住) 2004.8.25


本卦還と再出発

私が清水道場にお世話になって3年チョットが過ぎました。50台後半からの挑戦です。そして今年は還暦となりました。「本卦還」と呼ばれているそうで、生まれた年の干支と同一の干支の年に再び巡り会うことを意味しているのだそうです。私なりに解釈すれば、再出発のチャンスが訪れたと取っています。

60歳が老いかどうかは分かりませんが、体力は確実に減少してます。この健康ブームの最中、体に良い物ばかりを採っても消火能力は加齢と共に減退している訳ですから、むしろ運動不足で過激な栄養は逆に消化不良を起すのではと思っています。その為には体を少し動かして活性化を図り、体に栄養補給の必要性を促しながら、なるべく固形物の摂取にて体内部の動きも誘いたい、又加齢に抵抗する気はないので、出来れば加齢と仲良く生きて行きたいとも思っています。聞けば清水道場では私が最年長者との事、こればかりは追いつかれる事はないだろうと自慢と安心(?)をしています。
自分の年齢が誇れるような日常生活が夢ですが、無理ですかね。

60歳にて思う事は、今までの自己の数多くの失敗例(大半が)を思い出すと、大体が中途半端で終っている事が多いですね。それらの教訓から、遅まきながら継続してやればある程度の達成感は得られる事が分かってきました。
当初は空手の稽古を練習と言って注意され(道場内だけでなく生活すべてを空手化する意味で)、足を擦るように出せと言われて擦り傷を作り、下を見ないように言われて転び、腕時計をしたまま稽古に出て注意されるなど散々な日々でした(今もそうですが)。人に事を習うという大切さをしみじみと感じました。

又帯にもあんなに色が有るとは思いませんでしたね。全ての色は白と黒の間にあると某画家が言いましたが、ほんとですね! 頂いた黒帯は未だ身に重い未熟者にて、佐伯先生や指導の先生方の目線がピリピリ痛いです。

黒帯を頂いた日は封も解かずに家内に見せました。何せ家内がクモ膜下出血で緊急入院・手術した際にも、家内の手術や回復に自分が手を出す事が何も出来ず、悔しさや憤懣遣る方無い状況で稽古に来ていた事、そして酒を飲むぐらいしか趣味の無い事も知っているからでしょうね、黒帯を頂いたことに大変喜んでくれました(番犬代わり?)。

道場の多くの方々と会話をすると自己の未熟にガックリしますが、これも「還暦」の言う「本卦還」で、生き方も基本に戻り「再出発」とのご褒美と感謝し、今まで培った怠慢も少々大切にしながら、故障(怪我)や退化をなるべく抑え(難しいか)、皆様のお邪魔をしながらやっていきたいと思っていますので宜しくお願い致します。
今年2月に亡くなられた故清水先生の「無理しないでゆっくりやった方が良いよ」の言葉が聞こえて来るようです。 


2002.1.31の 岸さん 

小生が空手を習おうかと思った要因は、漠然たる老後へのいろいろな楽しみと、幼き頃より憧れていた空手という武道の響きかも知れませんね。昔、学生運動に憧れながら僅かばかりの左がかった時を経て社会に出た身としては、部活や課外学習等という時間は軟な生き方と友人言われ、振り向きませんでした。そして出くわした現実社会は24時間の臨戦体制の職場で、これまた自分の趣味を得る時間など入れる隙間もありませんで、まわりは仕事と酒が趣味の仲間ばかりでした。
幼い頃、実家近くの神社の境内にて習った剣道の心地良く痛い想い出は、今も乾いた脳裏をカタコトと小刻みに、そして懐かしむように揺さぶります。あの頃の自分は今も生きているかと問うように。

ここ数年、仕事に決着がついたら旅に出たいと思っていました。今まで仕事にて行った多くの地をゆっくりと漂ってみようかなとの淡い望みからです。その好きな時間を十分に堪能するためには、この緩んだ身体を引き締め、強い体力と精神力を得る必要を感じ、一人で出来る空手がもっとも適切ではとの短絡的な発想がきっかけでした。

当空手道場に入門して早12ヶ月になります。おそらく、自分とはかなりの年下であろうと思われる諸先生方の愛ある叱咤激励に怯え(?)ながら苦痛を糧としてお邪魔しております。最近は日々の稽古で僅かな筋力と体力が付いてきたため、当初は厳しいと思えた稽古にも会員の皆さんとなんとか一緒についていけるようになり、ホッとしております。

空手の呼吸と間、そして基本の重要さは何事にも当てはまり、その経験は嫌と言うほど味わい、そして仕事等では行なってはいるものの、別の出来事に対する適応性が小生の遺伝子には含まれていないのかと、近頃は先祖様を恨む毎日であります。
昨今は休日などの空手の稽古後に、夕日に染まる多摩川縁を家内と散歩しながら、先細りの秘めたる老後の夢をソット育ませております。55歳を過ぎると人の生き方が見えると某賢者は言いました。小生も60歳に近づき、僅かばかりでも有ると期待している持続性を生かして稽古に通いますので、
今後とも手取り足取りのご教授と、叱咤激励の程をよろしくお願い申し上げます。

「わが友人が、毎回同じ事を忘れる小生にこう言います、おまえは羨ましい、
毎回同じ事が、新しい出来事でと・・・・・・」

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