会員の若山茂さんの娘さんである若山愛さんからの寄稿文です。2006.04.25


会員の若山茂さんの娘さんである若山愛さんからの寄稿文です。
愛さんが父茂さんへのインタビュー形式でまとめられました。若山茂さんは、さる2006年2月26日の昇段審査において、46歳にして弐段位に合格しました。
また、兄の優さんは2006年4月23日に開催されました第30回東京都三多摩大会の一般男子個人形の部で準優勝しました。


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インタビュー記事

『空手』の世界
-人格完成に努むること-  父へのインタビュー



「最初は自分が始めようとは思っていなかった」


―空手をいつから、どのような理由で始めたのですか?

父―私が空手を始めたのは30代半ば、アメリカのワシントンDCに住んでいた時です。当時、長男の優(注:兄)が8歳で小学校2年生、長女の愛(注:私)は6歳で幼稚園生でした。子供たちがアメリカで生活していても日本的な精神も忘れずに育ってくれるように、と武道を習わせることを思いつきました。
アメリカでは護身術(self-defense)としての武道(martial arts)が盛んで、日本の空手や合気道、拳法、柔術といった道場をすぐ見つけることができます。最初は地元(タウン)のコミュニティセンターでやっているKempo Karate(拳法空手)というクラスに長男を入れて見ていました。その時は子供に日本的な武道をと思っていたので、自分が始めようとは思っていなかったし、今さら空手を始める歳でもないだろうと思っていたのです。ところが行ってみて驚いたのは子供や若者だけではなくておじさんおばさんが結構練習している。それも初心者として。子供を送り迎えしてそうした練習風景を見ているうちに自分もやりたくなった。昔、学生時代にやりたいと思っていながら機会がなくてできなかったことを思い出してしまったのです。
そこで自分も始めようと思ったのですが、そのKempo Karateというのは自分の知っている空手とはどこか違う。先生の動きもきれいだし教え方も丁寧なんだけど、どうやらいろいろな流派のいいところをミックスしたものをKempo Karateと称して教えているようだということがわかった。そこでどうせ始めるならきちんとした日本本来の空手がいいと思っていろいろ調べてみると、カウンティのコミュニティセンターにShotokan Karate(松濤館空手)というクラスがある。そこで下見に行って、稽古風景や先生の指導を見てこれなら大丈夫ということで、長男を連れて一緒に入り直したのです。それが1996年1月、ちょうど10年前のことです。

「級が上がるのが励みになって気づいたらここまで来てた(笑)」

―空手を始めたときに何か具体的な目標はあったのですか?

父―特に目標は持っていませんでした。学生の頃なら強くなりたいという気持ちを持っていたかもしれないけど、実際に始めたときには30代後半ですから身体能力のピークは過ぎているわけです。正直どこまで続けられるか自信もなかったし、黒帯を目指すという気持ちもありませんでした。ただ、始めてみたらその魅力にはまったといいうか、一つ一つ級が上がるのが励みになって気づいたらここまで来ていた、という感じです。子供と一緒にやっていたことも続けられた理由かもしれません。途中で投げ出したら子供に偉そうなことを言えませんから。

「いろいろな側面で自分が成長していると実感できる」

―空手の楽しさ、いいところは何ですか?

父―第一に、体を鍛えて健康に役立つということ。稽古は厳しいけれど、汗をびっしょりかくとストレスがなくなるのと同時に体が鍛えられていくような気がします。空手のおかげで中年太りとも無縁だし、毎年受ける人間ドックの結果も良好で今のところ健康面での心配はないと言われています。
第二に、精神的な成長に役立つということ。人間誰しも辛いことは避けたがるもので、稽古も決して楽ではないのでサボりたくなることもありますが、怠けるとその分だけ置いていかれます。反面、やればやっただけのことが自分に返ってくるので稽古量が力に反映します。自分の怠け心と戦ってそれに打ち勝つ、ちょっと大げさに言えば、空手は自分自身との戦いを通して成長できるところがいいと思います。
第三には、いろいろな人と接することができること。道場では小学生から定年すぎの人までいろいろな年齢層のいろんなレベルの人が一緒に稽古をしています。私も初心者の指導のお手伝いをすることもありますし、若い人に交じって稽古することはいい刺激になります。また道場の外でもいろいろな交流があるのでふだんの稽古では見られない一面を見たり、仕事では得られない情報を得たり、と視野が広がる楽しみもあります。
このように、空手を通じて身体的、精神的、人間的にいろいろな側面で自分が成長していると実感できるのは楽しいものです。

「体力は誰しも限界がある。しかし精神には限界はない。」

―空手を通してわかったこと、学んだことは何かありますか?

父―これはいろいろあります。学ぶことばかり、ということを実感しています。
私がアメリカで空手を習ったのはイラン出身のタバシ(Tabassi)先生という人からです。タバシ先生からは、日本人が忘れてしまっている日本的な礼とか心、つまり他者に対する敬意とか謙虚な気持ち、努力を続ける大切さを学びました。謙虚な気持ちという点では、タバシ先生は何人かの日本人師範から空手を学んでおり、中でも西山師範の影響を強く受けたといいます。西山先生は70歳を過ぎた今でもロサンゼルスで指導を続けておられますが、たぶん日本に住んでいないぶん、純粋な日本人の心を持ち続けているのではないかと思います。
努力という点で先生によく言われたのは、「体力は誰しも限界がある。しかし精神には限界はない」とか、「人間が向上心をなくしたときは死ぬときだ」ということです。「人は年をとれば体はどんどん衰える。若いうちは実感が持てないから意識することがないと思うが、体は間違いなく衰える。若いころにできたことができなくなる。だからスピードや技術は若い人にはかなわない。それがいやでやめたくなるかもしれない。しかし、精神は衰えることはない。向上心を忘れずに努力を続ければ成長を続けることができる。人間は死ぬまで成長を続けることができるのだ」というようなことです。この教えは今でも忘れません。始めたことをやめるのはいつでもできるけど、自分自身の持つ弱い気持ちに負けてやめるのはいやだ、と思うようになってきています。
もう一つ、日本空手協会には道場訓というのがあります。この道場訓の一つ一つが意味深いので忘れないようにしているのですが、特に一つ目の「人格完成に努むること」というのが気に入っています。空手を始めたのは喧嘩に強くなりたいとか、誰かをやっつけたいという気持ちで始めたわけではありませんが、別に人格を完成させようと思って始めたのでもありません。でも空手を通して自分を振り返るほど、この道場訓に届いていない自分を自覚します。

「『箸を持つ力がある限り続ける。』」

―これからも空手を続けたいですか?空手をやっていく上で今後の目標は何か持っていますか?

父―最初に話したように、空手を始めてちょうど10年になります。始めたときはこんなに長く続くとは思っていなかったし、自分が黒帯を取れるとも思っていませんでした。ここまで続けてこれたのはアメリカでも日本でも素晴らしい指導者に恵まれたことと、長男が一緒に続けてくれたことが大きいと思います。
体力的にはきつくなってきているけど今後もできる限り続けたい。空手の世界では40歳以上はシニアということになっていますが、シニア大会に出ると50代、60代でもすごい人がいる。40代なんてまだ若い方だということを実感します。
当面の目標は弐段を取ること。その先は考えていません。特に大きな大会に出場して勝つ、というような目標も持っていません。自分の体力や時間と相談しながら無理なく続けたいと思います。「箸を持つ力がある限り続ける」。誰から聞いたのか忘れましたが、それくらいの気持ちを持って私も続けたいと思います。


○●編集後記●○
約十年間、父と兄が週に何回かの空手の練習に向かうのを見てきた私ですが、実際に空手についての知識は全くありませんでした。また、今回インタビューをするまでは特に空手に関心を持っておらず、「数多くのスポーツの中の一つ」としか考えていませんでした。
このインタビューを通じて、父と兄が空手をこんなにも長い間続ける事が出来たのは、きっと道場訓や熱心な指導者の方をはじめとした、空手の魅力があったからなのかもしれない、と感じました。
これからの空手道の発展を祈りつつ、二人には、空手をこれからも続けていって欲しいと思いました。

(―文責・若山 愛)

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