・第9回松濤杯争奪世界空手道選手権大会(少年の部) 観戦記
  日程:9月19日(日)  場所:幕張イベントホール(幕張メッセ)


少年大会といっても技は一流。一挙動一呼吸、彼らの集中力が伝わってくる。息遣いが聞こえてくる。気迫が伝わってくる。彼らは空手を「本気」で行っていた。
 2004年9月19日、千葉県幕張にて開催された第9回松濤杯争奪世界空手道選手権大会(少年の部)。日本での開催は九年前ぶりとか。今回の大変貴重な大会に、三多摩本部傘下の各支部が合同で運営サポートを担当するDコートの係員として、神聖な戦いの場に立つことができた。
 試合においては、選手、監督と審判員以外は基本的にコートに降りることが許されない。これは空手の神聖さを物語っている。いくら親といえども席は上層の観客席に限られる。今大会の選手は、「少年」といえども超一流。我々大会運営スタッフは、その彼らと同じ目線で各試合を見つめ、一挙一動に反応し、息を呑み、息を止め、そして共に得もいえぬ緊張感を形成する機会を幸運にも得た。我々の待機席は、主審とコートを挟んでの好位置であった。選手の息遣いが至近距離で伝わってくる空間を体験できる感動はそうそうない。
 空手を本気で行っているといえる人は果たしてどのくらいいるのだろうか。今大会のサポートスタッフという立場の中で、空手とは決して試合の勝敗のみではないと改めて感じた。10歳にも満たない黒帯を締めた幼い戦士たち。彼らはコートに立つと立派な選手だが、一旦試合が終わると無邪気な小学生に過ぎない。その彼らが、試合前のコート脇で、「形がなっていない」と監督の師範に叱咤され、それに堪え切れずに涙を流す姿を幾度となく目の当たりにした。それでも彼らは何度も何度も師範に稽古を乞い、時間の許す限り一生懸命に汗と涙を流しながら最後の仕上げを行い、そして次々と試合に臨んでいった。彼らは本気だった。本気で戦っていた。そして、間違いなく「一流」であった。
 形や組手の技の繰り出し方を見ていたが、それらの技の素晴らしさはもちろん、それよりも特徴的だったのは、自分に対する絶対的な自信を持っていたことである。おそらく稽古をそれだけこなしているからであろう。「負けるかもしれない」といった表情を浮かべる選手は一人もいなかった。稽古量がそれだけの自信を生むのであれば、空手を志す我々もこれからさらに心して稽古に励む必要がある。特に少年部はなおさらである。自分への自信とプライドとが呼応して、始めて試合で悔し涙が流せるものである。
 最後に一つ特筆しておきたいことは、彼らの目の輝きである。空手が好きで好きで堪らない、そんな思いが滲み出ていた。一旦試合コートに入ると、その鋭さは増し、集中力が高まっていき、本物の「戦士の目」となる。時には無邪気な、そして時には大人顔負けの集中力を秘めた彼らの目もまた、稽古や空手に対する思いから得られた財産なのだろう。
 自分への自信と信頼、そして弛まない努力。少しずつでもいいのである。自分が今行える最大限の努力を行うことが、こうした一流の選手を育てるのだ。
                                               以上

報告者:日本空手協会府中支部清水道場 向 和歌奈
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