空手道訓とは


 日本空手協会初代主席師範の故船越義珍翁先生が空手を修行する者への戒めとして書き残されたものです。最近、稽古に対する心構えが全般に疎かになっている風潮が見られます。各人がもう一度原点に立ち返り、翁先生が遺されたこの言葉を噛み締めて、修行に励んでいただきたいと思います。


● 空手道五条訓

 一、人格完成に努むること 。
 二、誠の道を守ること。
 三、努力の精神を養うこと。
 四、礼儀を重んずること。
 五、血気の勇を戒しむること。

 
● 空手道二十条訓

 一、空手は礼に初まり礼に終ることを忘るな。
 二、空手に先手なし。
 三、空手は義の補け。
 四、先づ自己を知れ而して他を知れ。
 五、技術より心術。
 六、心は放たん事を要す。
 七、禍は懈怠に生ず。
 八、道場のみの空手と思うな。
 九、空手の修行は一生である。
 十、凡ゆるものを空手化せ其処に妙味あり。
十一、空手は湯の如く絶えず熱を与えざれば元の水に返る。
十二、勝つ考えは持つな、負けぬ考えは必要。
十三、敵に因って転化せよ。
十四、戦は虚実の操縦如何にあり。
十五、人の手足を劔と思え。
十六、男子門を出づれば百万の敵あり。
十七、構えは初心者に、あとは自然体。
十八、型は正しく、実戦は別もの。
十九、力の強弱、体の伸縮、技の緩急を忘るな。
二十、常に思念工夫せよ。


●空手は礼に初まり礼に終ることを忘るな

 故船越義珍先生(日本空手協会 初代主席師範)の空手20ケ条の1番目に「空手は礼に初まり礼に終ることを忘るな」という教えがあります。この教えは、空手は魂(気持ち)を込めた「礼」をし、魂(気持ち)を込めた「礼に終わる」ことが重要になります。
魂(気持ち)を込めて「礼」を尽くして接すれば相手やまわりにも伝わっていきます。「礼」は相手を敬い、先人(先輩、年長者)を尊敬することに己(自分自身)のたゆまぬ鍛練の真髄があります。
試合で勝っても対戦相手に「礼」を尽くし「和」の心をもってあたれば、相手への礼儀としてガッツポーズなどは慎しむようになります。日本の国技である大相撲の「勝負あり」の後の「礼」や、アメリカ大リーグでの試合ではしばしば対戦相手の名誉を尊重する紳士的な光景が見受けられます。
また、剣道の試合では、小さなガッツポーズをしただけでも反則になると人づてに聞いたことがあります。
日頃の空手の稽古を続ける振る舞いの中で「礼」をじっくり学び習得しましょう。


●空手に先手なし

 故船越義珍先生(日本空手協会 初代主席師範)の空手松涛訓20ケ条の2番目に「空手に先手なし」という教えがあります。この教えは空手家のみならず、武道を修業している者ならば知らない者はいないほど有名な言葉です。
武力というものは世の安定のため、人類の平和のためにあるのであって、安易に行使してはならないと言っているのです。つまり、空手を一生懸命修業して身につけるということは、人を傷付けることではなく、じつは空手を使わず、まず己自身を耐えることを学ばせる中で内なる心を磨くことにあり、争い事自体を戒めています。この言葉は内に秘めたる力と、謙譲の心、和の精神をもって人に接すれば争い事など起こらないと教えています。


●空手は湯のごとく絶えず熱を与えざれば元の水に返る

 故船越義珍先生(日本空手協会 初代主席師範)の空手松涛訓20条訓の11番目に「空手は湯のごとく絶えず熱を与えざれば元の水に返る」という教えがあります。
これは、常に湯の温度、すなわち、熱を保つためには不断の努力が肝要になります。
空手道にとって大切なことは稽古を続けることにあります。根気よく続ける者が空手の真価を知ることになります。一度に情熱を出し尽くすことなく、小出しに粘り強く期間にわたって努力を続けることを、湯に例えて教えたこの松涛訓を空手道人はよく内省すべきことです。
(故高木正朝・日本空手協会最高顧問の解説より抜粋)




●稽古の前後は全員で正座し黙想します。

稽古を開始する前は、心構え、目標、目的の確認であり、稽古終了後は反省と課題の確認でもあります。そして「空手道五条訓」を全員で復唱します。常日頃から、この五条訓が空手を志す者の心構え、目標、目的であることを自覚するものです。「空手道五条訓」は空手ばかりでなく、普段の生活や人生全般におよぶ知恵と教訓が含まれており、示唆に富んだ人生訓辞です。空手道の真髄は、稽古を通じて個人の心・技・体の完成、つまりはそれぞれが求める人間としての成長をめざすことにあります。
 

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